萬葉集 春過ぎて・・・
「春過ぎて・・・」の歌の前にはこんな詞書きがある。
藤原宮御宇天皇代 ふじはらのみやにあめのしたしろしめししすめらみことのみよ〜と読む。
藤原の宮とは、今もその跡が残る奈良県大和三山(畝傍山、耳成山、天香具山)に囲まれた一帯で、創建は600年代の末、発案が天武天皇で実行はその奥さんである持統天皇である。
「あめのしたしろしめす」とは、国を統治するという意。「しろしめしし」は「しろしめす」という動詞の連用形に過去の助動詞「き」の連体形「し」がついた形。ちなみに、「しろしめす」というのは、神意を受けて統治することを指し、武力をもって恐怖政治的に統治するのとは全く次元が違うらしい。
「すめらみこと」は、現代では「てんのう」と発音されるが、この時代はすめらみことという呼び方が普通であった。
さて、では藤原宮で国家を統治したのは誰かというと、宇野讃良(うののさららの)媛皇子、後に持統天皇と呼ばれる辣腕の女帝である。しかし、持統天皇というのは、この天皇が昇天されてから後につけられた漢風の尊称である。
それともう一つこんな詞書きがある。
高天原廣野姫天皇 たかまのはらひろのひめのすめらみことと〜と読む。
「たかまのはらひろの」とは、藤原宮の別の呼び方であったと思われる。
当時は広大な湿地であった所を造成して、宮が作れるほどの平地を作り出したのであるから、まさに神業、高天の原と呼ぶにふさわしい所であったに違いない。
「ひめのすめらみこと」とは、文字通り女帝のこと。
それでは、古典の教科書には必ず載っている有名な持統天皇の歌を次に記す。
春過ぎて 夏来たるらし 白たへの 衣ほしたり 天の香具山
萬葉集は全て漢字で書かれているので、原文を記すとこうなる。
春過而夏來良之白妙能衣乾有天之香來山
春過而は、はるすぎてと読む。表意的に漢字を用いている。
夏來は、なつきたると読む。「たる」は、もんじが用いられていない。
良之は、らしと読む。表音的に漢字が用いられている。ここでは、助動詞。
白妙能は、しろたえと読む。白く柔らかい布の意。古来木綿(ゆふ)ではないかとされてきた。ゆふとは、梶の木の繊維で織られた布のこと。「あらたへ」ともよばれる。現在は、梶布(かじふ)太布(たふ)ともいう。
衣は、ころもである。飛鳥資料館では、この歌の紹介として着物を竿に干している絵を展示してあったが、おそらく間違いであろう。わたしは、ここでいう衣は、布(反物)であったと思う。
乾有は、ほしたりと読む。表意的に漢字を用いている。
天之香來山は、あまのかぐやまと読む。この山はなぜことさら天之(あめの)が頭についているのだろうか。古来香具山は、太占(ふとまに)という占いによって神意をはかるところであった。この占いに使われるのが香具山で生け捕りにされた真雄鹿(まおしか・雄の鹿の意)の肩胛骨と、香具山でとれた天之ははかという桜の木の皮であった。天之ははかを燃やして鹿の肩胛骨を焼き、そこに現れたひび割れを見て、神意を占ったらしいが、どこにどんなひびが入ればどういう意味になるのか今では不明である。このように、神意をはかる神聖な山であったから、天界により近いとの意味で天之が頭につけられたと思うのである。次に、香具はものが焼けるときの臭いをかぐの「かぐ」である。ははかを焼き、熱せられた骨から立ち上る臭いをかぐのであろう。従ってここは、表意的に漢字が用いられていのである。
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