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2010年1月31日 (日)

萬葉集 春過ぎて・・・

「春過ぎて・・・」の歌の前にはこんな詞書きがある。

藤原宮御宇天皇代 ふじはらのみやにあめのしたしろしめししすめらみことのみよ〜と読む。
 藤原の宮とは、今もその跡が残る奈良県大和三山(畝傍山、耳成山、天香具山)に囲まれた一帯で、創建は600年代の末、発案が天武天皇で実行はその奥さんである持統天皇である。
「あめのしたしろしめす」とは、国を統治するという意。「しろしめしし」は「しろしめす」という動詞の連用形に過去の助動詞「き」の連体形「し」がついた形。ちなみに、「しろしめす」というのは、神意を受けて統治することを指し、武力をもって恐怖政治的に統治するのとは全く次元が違うらしい。
「すめらみこと」は、現代では「てんのう」と発音されるが、この時代はすめらみことという呼び方が普通であった。
 さて、では藤原宮で国家を統治したのは誰かというと、宇野讃良(うののさららの)媛皇子、後に持統天皇と呼ばれる辣腕の女帝である。しかし、持統天皇というのは、この天皇が昇天されてから後につけられた漢風の尊称である。

それともう一つこんな詞書きがある。
高天原廣野姫天皇 たかまのはらひろのひめのすめらみことと〜と読む。
 「たかまのはらひろの」とは、藤原宮の別の呼び方であったと思われる。
  当時は広大な湿地であった所を造成して、宮が作れるほどの平地を作り出したのであるから、まさに神業、高天の原と呼ぶにふさわしい所であったに違いない。
 「ひめのすめらみこと」とは、文字通り女帝のこと。

 それでは、古典の教科書には必ず載っている有名な持統天皇の歌を次に記す。

春過ぎて 夏来たるらし 白たへの 衣ほしたり 天の香具山

萬葉集は全て漢字で書かれているので、原文を記すとこうなる。

春過而夏來良之白妙能衣乾有天之香來山

 春過而は、はるすぎてと読む。表意的に漢字を用いている。
 夏來は、なつきたると読む。「たる」は、もんじが用いられていない。
 良之は、らしと読む。表音的に漢字が用いられている。ここでは、助動詞。
 白妙能は、しろたえと読む。白く柔らかい布の意。古来木綿(ゆふ)ではないかとされてきた。ゆふとは、梶の木の繊維で織られた布のこと。「あらたへ」ともよばれる。現在は、梶布(かじふ)太布(たふ)ともいう。
 衣は、ころもである。飛鳥資料館では、この歌の紹介として着物を竿に干している絵を展示してあったが、おそらく間違いであろう。わたしは、ここでいう衣は、布(反物)であったと思う。
 乾有は、ほしたりと読む。表意的に漢字を用いている。
 天之香來山は、あまのかぐやまと読む。この山はなぜことさら天之(あめの)が頭についているのだろうか。古来香具山は、太占(ふとまに)という占いによって神意をはかるところであった。この占いに使われるのが香具山で生け捕りにされた真雄鹿(まおしか・雄の鹿の意)の肩胛骨と、香具山でとれた天之ははかという桜の木の皮であった。天之ははかを燃やして鹿の肩胛骨を焼き、そこに現れたひび割れを見て、神意を占ったらしいが、どこにどんなひびが入ればどういう意味になるのか今では不明である。このように、神意をはかる神聖な山であったから、天界により近いとの意味で天之が頭につけられたと思うのである。次に、香具はものが焼けるときの臭いをかぐの「かぐ」である。ははかを焼き、熱せられた骨から立ち上る臭いをかぐのであろう。従ってここは、表意的に漢字が用いられていのである。

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2010年1月27日 (水)

たらよう

先日のたらようについて、自分は葉の表か裏に墨で文字を書いて記録したのだと思っていたが、事実はもっと不思議な事であったので、ここに訂正する。
 
考えを直すに至った文章を百科事典の中に見つけたので下に記す。
日本百科大事典 小学館 昭和39年 初版

たらよう
モチノキ科の常緑高木。
我が国南西部の山地に自生し、また庭樹としても栽培される。
高さは10mにも達し、互生する葉は大きく、長楕円形をし、かたく厚い皮質で、表面は光沢のある濃緑色、裏面は淡緑色をしている。
長さ15cm内外、幅4〜5cm以上にもなり、ふちにはとがった鋸歯(きょし)があるのでノコギリシバともいわれる。
この葉をとってかわかしたり、火を近づけて熱すると黒褐色に変わり、またマッチの軸などで葉の裏面をこすると、その部分が黒褐色となる。
おそらく細胞の死んだ部分で酸化酵素が働くためと考えられるがくわしいことは明らかでない。
このようなことから絵がかける葉というのでエカキノキともよばれる。
葉の黒変現象は、ヤシ科のバルミラヤシ(バイタラヨウともいう)で古くから知られ、インドでは、その葉に教典を書き写して黒変させたといわれ、たらようという名は、バイタラヨウの名に比較して名付けられたといわれている。
 〜後略〜

上記のように、たらようの葉にマッチの軸のようなものでこすって黒変させながら字や絵をかいたのであったという。
紙や墨が貴重だった時代、あるいはもっと前のそれらが伝わる以前は、この葉とちょっとした小さな木の軸のようなものがあれば記録できたわけである。
残念なことに葉っぱは長い歴史の中で全て分解してしまい、今は一枚も残っていない。


この百科事典は、昭和39年初版の古いものである。全20巻ほどあるのだが、いつも捨てよう捨てようと思いながら、捨てられない。なかなかしっかり説明してあるし、当時の写真などが載っていて貴重だからだ。

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2010年1月25日 (月)

萬葉集 春過ぎて・・・

 去年の4月7日に、持統天皇御製「春過ぎて・・・」が歌われた場面を検証したく藤原宮へ行ってきたと書いてから一年近くにもなろうとしている。この間書こう書こうと思いながら自分の考えに確証を得ず、徒に時を経てしまった。しかし、この度漸くこの歌についての仮説を書く準備が整ったので、まとめてみることにする。
 この歌には、萬葉集巻第一 28 
       藤原宮御宇天皇代 
           天皇の御製の歌
     という詞書きがつけられている。
 まず、「萬葉集」の読み方であるが、一般には「まんようしゅう」と発音されており、私も中学高校時代はずっと「まんようしゅう」と教わってきた。しかし、萬を「よろず」と発音し、葉を「は」と発音する方が当時の言葉の感覚に忠実であると思う。何故なら、万葉集の歌は全て和語で出来ているからだ。
 和語とは上古から発生音として日本人が口の端にしてきた言葉であり、歌は全て和語で作られている。
 それに対して漢語は漢字を輸入して後の言葉である。
 現代に生きる我々も和語と漢語を上手にミックスさせた言語環境の中で暮らしている。漢字が伝わった当初、その漢字本来の発音は外来語として知的で進んだ文化の音として受け入れられたことであろう。それは、今から約1200年前の事である。だから漢語は、発音しても文字に書いても知的で硬質な感じがする。漢字はそれから徐々に和語に同化というか、和語にすりあわせられて書文字の基礎をなした。しかし、漢字が取り入れられても日本語が基本的に変わらなかったのは、和語というオーラルな世界がしっかりしていたおかげである。つまり、我々が日常使っている「あいうえお・・・」という48音、この発音が上古からしっかり根付いており、現代に至るまで変わらず発音し続けているという事実と、日本語の独特な文法によって、どんな外来語でも取り込み、自国の文化にまで昇華出来るのである。
 次に、「葉」について考察する。葉については現在三つの見解がある。
 一は、「言の葉」すなわち歌そのものとする説
 二は、葉を「世」の義にとり、「萬世」の意とする説
 三は、木の葉そのものとし、木の葉をもって歌にたとえたとする説   
この三つである。
 私は、一と三をとりたい。理由は至って簡単、古人は文字を木の葉っぱに書いていたからである。
 去年奈良の東大寺に行ったときの事である。二月堂の休憩所でお茶を飲んでいると、あるおじさんから声をかけられた。彼は、近鉄を退職後ボランティアで東大寺の案内を個人的にしているのであった。
 「うちでおっても女房と二人きりでしんきやさかい、こうやって出てきているのや」
私と娘そしてもう一人そこにいた日本大好きのドイツの中年女性は、その日のおじさんの格好のお客となった。
 おじさんがガイドしてくれた最初の所が、休憩所を出たすぐの所にある大木の下であった。おじさんは、その葉っぱを一枚私に手渡して、こう言った。
 「この木は『たらよう』いうて、昔の人がふみを書いたものやったんや。昔は、紙が貴重やろ。そやから、一般には紙の代わりにこういう葉っぱに字を書いたんや。記念に一枚持って帰り。」
 おじさんからもらった「たらよう」という葉っぱは、なるほどしっかりした葉っぱで少しの摩擦くらいでは破れない。家に持ち帰って実際に筆で字を書いてみると、とてもうまく書けたうえに時間が経過してもあまり変質しない。その葉っぱは、半年ほど私の事務机の引出の中で時を過ごし、見事に情報伝達の役割を果たしたのであった。
 その後、おじさんはしばらくあちこちと案内してくれた後、謝礼もとらず名前も告げずに講堂跡に消えたのだった。
 このことがあってから、私は「言の葉」とか「萬葉」の「葉」は、古人が歌を木の葉に書いていた事実が底流となり、徐々に言葉や歌そのものを表す意味の転化していったものだと確信するのである。
 萬葉集に収められた約4500首の歌は、おおかたが葉っぱに書かれて編者の元に運ばれ、編集作業がされたのではなかったか。葉っぱを手に取るかさこそという音が聞こえてきそうである。
 さて、それでは「萬葉集」を「マンヨーシュー」ではなく何と呼ぶべきか。「よろずはあつめたる」とでも呼ぶべきか?全語、和語(やまとことば)で書かれた本のタイトルのみが漢語であるというのもちょっと私としてはすっきりしないが、萬葉集(まんようしゅう)はすでにまんようしゅうで定着している。「たくさんのことが書かれた葉を集めたもの」という意味の底流を意識しつつ、ここはやはり「まんようしゅう」と発音しよう。


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