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2007年12月21日 (金)

天津祝詞

今年も年の瀬が迫って来た。
今日は、天津祝詞をあげて、一年の大祓をしたいと思う。

天津祝詞

高天原に神留坐す(かみつまります)
神魯伎神魯美(かむろぎかむろみ)の詔(みこと)を以(もち)て
皇御祖神(すめみおやかむ)伊邪那岐命(いざなぎのみこと)
筑紫の日向(ひむか)の橘の小戸の阿波岐原(あわぎはら)に
禊祓い給ふ時に生坐る(なりませる)祓戸の大神等
諸々の禍事罪穢れを祓いたまえ清め給えと申す事の由を
天津神国津神八百万の神等共に
天の斑駒(ふちこま)の耳振り立てて聞召せと
畏み畏みも白す

これを私流に解釈すると、こうなる。

いと高き天界に満ち満ちておいでになる宇宙の大神様
その神様の御意思通りに作られた日本の言葉
日本民族の大御祖先はこの言葉であります

八広がりに開けた何処も彼処も明るい精神の原っぱで
『あいうえお』の清音を声高らかにのりあげて
禊ぎ払いをする時に現れ出たる祓戸の大神たちよ
(この大神たちは人間から罪を持ち出し、呵々と飲み込み、跡形もなく消し去る三人の女神様である)
諸々の禍事罪穢れを祓いたまえ清め給えと申し上げるこの言葉を
天の神、地の神、八百万の神たち共々に
時間と空間の正しい秩序に従ってお聞き届け下さいと
畏まって申し上げます。


天津祝詞は奈良時代以前から成立していたもので、今でも大概の神社や宗教団体でのりあげられている最もポピュラーな祝詞である。
ここで注目するのは、日本語が神の世界の写し絵の如くに作られたという点である。
仏教伝来以前のいわゆる大和言葉には我々日本人の魂の緒がこもっていると思う。
祝詞が神様を前にして、感極まってのりあげられた言葉だとするなら、
今日の我々も又、毎日祝詞をあげながら自らの世界を作り、浄めている事になる。

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2007年12月20日 (木)

葛布の袍生地奉納

12月15日土曜日、事任神社に無事葛布の袍生地一反をお納めしてきた。

これより先に、今年の8月末、別に一領(高貴なお召し物は一領、二領と数えるものらしい。ちなみに領とは首の事である。)さる篤志家の方の御愛念により同神社にお納めさせていただいた。
この生地は、最初は袍として仕立てる予定であったが、神社様のご意向により「狩衣」にしたてられた。
狩衣は袍よりは軽装で大概の神仕えはこの衣装ですむのであるという。
しかし、正式の場合には袍という平安時代の貴族の正装を用いるとのこと。

そうしたところ、この狩衣をご覧になったもう一人の篤志家kさんから「この神社には二領の袍が必要です。」というお言葉をいただき、あと二領分の生地を織らせていただく運びとなった。
先日お納めしたのものは、二領のうちの一領分。
あともう一領は工房の織り姫様がただいま製織中であられます。

この二人の篤志家NさんとKさんは全く私どもを信用して、納期も出来た時でよい、できばえもおまかせしますという事で、奉納のその日迄反物をご覧にならなかった。
「神様への捧げものには一点の疑いも計算もないのです。」
とおっしゃるのである。

神様の御心をもちて、ますます身と心を浄め、葛布の道に進みたいと思う。

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2007年12月13日 (木)

遠州民芸協会同人展

今日から遠州民芸協会の同人展が12月17日迄
「アトリエぬいや」(浜松市中央区3−8−30 tel 053-457-4777 楽器博物館北向い側)
で行われています。
初日の今日は私が詰めておりますので皆様お越し下さい。お待ちしております。

昨日の搬入で思いがけない人にお会いしました。
以前から、浜松の草木染め工房「木綿花」を主催しておられる池谷昭三先生のところでお会いした事のある稲垣仁美さんも、この同人展に出展せられておりました。
まあ久しぶりと話がはずむうち、何とこの方は織物作家で私どもも存じている稲垣有里さんの妹さんだという事が分かったのです。
そういえば、楚々とした上品な美しさがお姉様とどことなく似ていらっしゃる。

稲垣仁美さんの作品は、絞りで草木を使った鮮やかな多色染めが特徴です。
高校の美術の講師をしながら作品を作りためているとの事。
なんだか応援してあげたい人の一人ではあります。

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2007年12月11日 (火)

沖縄自然布展

10月下旬沖縄自然布展に出展してきました。
この時は、娘も同伴させました。

かねてより、この日のために葛布の着物を着るべく、準備していました。
親方は、経手紡ぎ綿、憲法染め(藍下渋木鉄媒染)、私は、経絹原糸、緯葛と絹原糸を交互に織り込んだもの、白生地、というモノトーンのツーショット。
会場に着ていくと、思った通り、いえ、それ以上の反応がありました。
葛布の衣装を着た我々夫婦はとっても目立ちました。
色んな人から写真を撮らせてくれと申し込みがありました。

葛布の着尺が作られなくなり、その技術や方法が絶えてから約150年。
我々は150年前の技を復活させた事になります。
しかし、葛布を着るという事はあまりにも唐突なため、まだ一般には理解されていません。
真価を知っているのは、残念ながら私たちだけのようです。

実際に着てみて驚いた事は、着心地が大変良いということ。
特に体温調節をするらしく、10月末でもまだかなり暑かった沖縄で、私たちは汗をかきませんでした。

また、葛独特の光は周囲の目をひき、宮古上布手績み保存会の会長さんからは
「やっぱり生成りの着物は、糸のきれいさがそのまま出ていていいね。」
と褒められました。

これからさらに精進を重ね、江戸時代の葛布を完成させたいと思っています。
さらに、平安時代の延喜式に記載のある葛布の染めかた(紫と茜の貴族の夏の領)に挑戦し、最後は経緯葛の上古の織り方までたどり着きたいと思っています。

こういう風に自分のテーマが追求出来る環境にいる私は、とても幸せなのですが、この幸せを自分一人のものだけにしちゃもったいないですね。
今後は、自然布の仲間と、自然に生かされている喜びを増幅する大きな渦を巻き起こしたいと思っています。
私たちは、天からもう既に十分な恵みを与えられています。

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2007年12月10日 (月)

粟ン岳再訪その2

今日は元気に駆け回る犬たちと、粟ん岳の紅葉の美しさを画像で紹介します。
めざとく見つけた野いちごを手にする親方もご覧下さい。Dscf1560_3
Dscf1562_3

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2007年12月 9日 (日)

粟ン岳再訪

久しぶりに粟ン岳へ行った。
運転手は旦那、同乗者はゴールデンレトリバー二匹。
風のない暖かな日、陽光が眩しい程輝いている。
 
粟ン岳の頂上からはこの辺りの地形が一望の下に見渡せる。
東を見れば、遠く富士山の輪郭が浮かび上がっており、遠州灘の海水のきらめきも分かる。
大きな龍のように臥しているのは大井川だ。
真下には切り立った崖のような地形の下に点在する農家の家並。
小夜の中山、日坂、事任神社の本宮の森も見える。
東は浜松で最も高いアクトタワーもシルエットを浮かび上がらせている。

太古の昔から、この山はこの辺り一体を見渡す重要な役割を持っていた。
頂上には磐座(いわくら)とよばれる巨石群が林立しており、訪れた人を圧倒する。
ここは、年代も分からないほど昔から古式の祭事が行われていた神聖な霊スポットである。
阿波忌部氏もこの山と磐座をご神体とし、事任神社本宮の森から遥拝していた。
地図で見ると磐座と神社本宮、事任神社本殿は南北に一直線で結ばれている。

粟ン岳はそこから地形を見渡せるのみならず、海を航海する船からもよい目印の役目をしていた。
おそらく遠州灘を航海する忌部氏の船を山上からいち早く確認し、狼煙を上げるなどして合図を送り合ったのではあるまいか。
その船には、粟ン岳周辺で作られた葛布の衣なども朝廷への貢納物として積まれていったに違いない。

山はもう12月というのに秋であった。
全葉黄色く色付いた大銀杏のみごとさ。
地面は黄色い絨毯と化している。
二匹の犬たちは喜んで駆け回る。
もう初老の域に入っているのに、全くこの犬たちは元気の固まりのようだ。

山中で野いちごを見つける。
食べてみるとなかなかいける。

この日はそれから粟ン岳西側の農道を降り、倉見というこれまた昔の葛布の産地を訪ねた後、事任神社を参拝して帰路についた。

人も犬も大喜びの一日だった。


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