天津祝詞
今年も年の瀬が迫って来た。
今日は、天津祝詞をあげて、一年の大祓をしたいと思う。
天津祝詞
高天原に神留坐す(かみつまります)
神魯伎神魯美(かむろぎかむろみ)の詔(みこと)を以(もち)て
皇御祖神(すめみおやかむ)伊邪那岐命(いざなぎのみこと)
筑紫の日向(ひむか)の橘の小戸の阿波岐原(あわぎはら)に
禊祓い給ふ時に生坐る(なりませる)祓戸の大神等
諸々の禍事罪穢れを祓いたまえ清め給えと申す事の由を
天津神国津神八百万の神等共に
天の斑駒(ふちこま)の耳振り立てて聞召せと
畏み畏みも白す
これを私流に解釈すると、こうなる。
いと高き天界に満ち満ちておいでになる宇宙の大神様
その神様の御意思通りに作られた日本の言葉
日本民族の大御祖先はこの言葉であります
八広がりに開けた何処も彼処も明るい精神の原っぱで
『あいうえお』の清音を声高らかにのりあげて
禊ぎ払いをする時に現れ出たる祓戸の大神たちよ
(この大神たちは人間から罪を持ち出し、呵々と飲み込み、跡形もなく消し去る三人の女神様である)
諸々の禍事罪穢れを祓いたまえ清め給えと申し上げるこの言葉を
天の神、地の神、八百万の神たち共々に
時間と空間の正しい秩序に従ってお聞き届け下さいと
畏まって申し上げます。
天津祝詞は奈良時代以前から成立していたもので、今でも大概の神社や宗教団体でのりあげられている最もポピュラーな祝詞である。
ここで注目するのは、日本語が神の世界の写し絵の如くに作られたという点である。
仏教伝来以前のいわゆる大和言葉には我々日本人の魂の緒がこもっていると思う。
祝詞が神様を前にして、感極まってのりあげられた言葉だとするなら、
今日の我々も又、毎日祝詞をあげながら自らの世界を作り、浄めている事になる。
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