天岩戸神社
本薬師寺跡から東に向かって暫く歩くと、飛鳥川がある。万葉集によく詠まれた川であるが、今は草が生い茂り、川幅もさほど広くはない。この川にかかる新河原橋という小さな橋を渡り、さらに東に歩を進めると天香具山の南麓にあたる。この辺りを南浦町という。海も無いのに南浦とは不思議だと思っていたところ、昔(藤原宮が作られる7世紀末前)は大和三山に囲まれたところには大きな池があり、その周りには湿地帯が広がっていたということを知った。おそらくその池(沼?)は天香具山の麓まであったので香具山南麓の部落を南浦町というのではあるまいか。
この南浦の人々によって守られているのが、天の岩戸開きの舞台になった天岩戸神社である。御祭神は勿論天照大神、そして御神体は今も残る岩戸数個である。日本史上最も有名な神話の舞台は、しかしひっそりと佇んでいた。両脇に草の茂る小道を進んで行くと道の左に小さな手水場がある。その脇には、誰がかえているか、さっぱりした手ぬぐいがかけてあった。その奥に拝殿がある。拝殿に向かって左手に、御神庫のような建物があったが、荒れ果てていた。拝殿の奥は、神殿がなくて、すぐに山の斜面になっており、そこには岩戸数個がころがって?いる。参拝客もあまりいないらしいが、私の後若い女性が一人でやって来て、天津祝詞をあげていた。ここは、知る人ぞ知るのスポットなのだろうか。それにしても、大事な岩戸開きの聖地である。私は、この前で玉や鏡を取り懸けて、あおにぎたえ、しらにぎたえを垂らした榊を供え、天うずめの命が踊ったように逆さに置いた桶をとんとんと踏みならし、太祝詞をあげて、天の岩戸開きがしたいと思った。
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